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福岡高等裁判所 昭和43年(ネ)163号 判決 1970年9月22日

控訴人 京都酪農業協同組合

被控訴人 小倉薬品株式会社

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の予備的請求を棄却する。

三  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主位的請求につき、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金三八〇万七、六八〇円および内金一七一万四、六八〇円につき昭和三五年一一月二九日から、内金二〇九万三、〇〇〇円につき昭和三六年二月二〇日から、それぞれ支払済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、ならびに当審において新たに予備的請求として「被控訴人は控訴人に対し金二三九万五、四八〇円およびこれに対する昭和三八年六月九日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主位的および予備的請求につき主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示(但し、原判決四枚目裏七行目「請求原因第一項記載の事実は認める。」とあるのを「請求原因第一項記載の事実中昭和三六年二月一九日に取引された本件脱脂粉乳の数量が一万四、六〇〇ポンドであつたとの点は否認し、その余の事実は認める。右取引数量は一万四、三二九ポンドであつた。」と改め、同六枚目裏一二行目「五月二八日」とあるのを「六月二日」と改め、同七枚目裏四行目「証人西野高信」の次に「(第一回)」を加え、同枚目裏五行目「同黒田知能」とあるのを「同黒田和能」と改め、同枚目裏一〇行目「同西野高信」の次に「(第二回)」を加える。)と同一であるから、これをここに引用する。

第一控訴代理人は、次のとおりのべた。

一(一)  控訴組合が、被控訴会社から買いうけた本件米国製脱脂粉乳(以下、本件粉乳という。)については、厚生省公衆衛生局環境衛生部食品衛生課長が、これを食品衛生法第四条第一項違反乳及び乳製品の成分規格等に関する厚生省令第六条違反食品と認定して、その全量を食用不適格品と指定した。しかも、食品衛生法第四条違反の営業者が営業許可の取消、営業の禁止および停止をうけたり、あるいは処罰されるなどの不利益処分をうける場合のあることは、同法第二二条、第三〇条の規定にてらし明らかである。以上の点からみても、本件粉乳が売買取引の目的物として重大な瑕疵があつたことは論をまたない。而して、控訴組合が右瑕疵を知つたのは、原審以来主張しているように、昭和三七年六月二日であつた。

(二)  控訴組合は、第一回目の取引(昭和三五年一一月二八日)において本件粉乳をポンド当り一三二円で買いうけたが、第二回目の取引(昭和三六年二月一九日)の際には、ポンド当り一一円三五銭高値のポンド当り一四三円三五銭で買いうけたものであるから、控訴組合が第二回目の取引に際し本件粉乳に瑕疵があることを知つておれば、ことさら高値で買いうける筈はない。

(三)  また、右第二回目の取引の際、その交渉にあたつた控訴組合の西野高信参事および末次忠吾技師は、被控訴会社の川道富士雄食品課長から、後藤厚生技官から被控訴会社宛の「不良輸入米国製脱脂粉乳について」と題する通知書(乙第九号証)を示された事実は全くない。仮りに、右事実があつたとすれば、同文書には「食品衛生法第四条違反品であるから食用品としては取引きをしてはならない。」という条件付きで輸入が許可されたものであることの趣旨の記載があるから、右西野、末次らは、本件粉乳の買付けをしなかつた筈である。

(四)  なお、控訴組合は、昭和三七年六月二日、本件粉乳が食用不適格品であることを初めて知るや、これが人体に悪影響を及ぼすことをおそれ、直ちにこれを食品原料として使用することを中止し、被控訴会社に対して売買契約の解除、残品の引取方を要求するなどの処置をとつたが、被控訴会社は言を左右にしてこれに応じなかつたため、やむなく後記のとおり家畜飼料として販売処分したものである。

(五)  以上のような前後の諸事情に控訴人が原審で主張した各事情にてらせば、控訴組合は本件粉乳の売買に際しては、いずれもそれが食用不適格であることの瑕疵を包蔵していたことを知らず、またこれを知らざることにつき過失もなかつたものというべきである。

二  却つて、被控訴会社が、本件粉乳を最初に控訴組合に引き渡した昭和三六年二月八日以前に右粉乳が食用不適格品であることを知悉していたことは、被控訴会社が、昭和三五年一一月二八日訴外久野食糧株式会社(以下久野食糧という。)から右粉乳を購入する際に、その売買契約書(甲第四号証)中に、右粉乳が海難事故品であることや、これが用途は飼料として使用することなどが契約条項として掲げられていた事実、また被控訴会社が昭和三六年二月四日久野食糧や訴外株式会社森光商店(以下森光商店という。)等と右粉乳の取引契約を結ぶ際にも、該粉乳は食品衛生法第四条、前記厚生省令第六条などに違反する食品であるからその用途はこれを「飼料」に制限する旨の誓約書(甲第三号証)を相手方両会社にも差し入れた事実などによつて充分うかがうことができる。

三  本件粉乳の売買にあたり、被控訴会社と控訴組合間に、右粉乳の品質検査、不適格品返還などに関して被控訴人主張のような特約がなされたとの事実は否認する。仮りにかような特約があつたとしても、売主たる被控訴会社が右粉乳引渡の当時(第一回昭和三六年二月八日、第二回同月一九日)、すでに該粉乳に瑕疵があることを知悉していたことはすでにのべたとおりであつて、本件売買は売主に悪意ある場合に該当するから、商法第五二六条第一項の適用される余地はなく、却つて、買主たる控訴組合に契約解除権があるものといわねばならない。

四  控訴組合は、昭和三七年六月二日本件粉乳が食用不適格品である事実を知つたので、これを理由として、同月八日被控訴会社に対し契約解除の意思表示と損害賠償の請求をなしたところ、同月一〇日被控訴会社常務取締役板井義之が同会社の代理人として、控訴組合の当時の代表者であつた中原一成に対し、前記粉乳売買契約については売主たる被控訴会社側に手落ちがあつたことを認めたうえ、損害補償を約し、その後、控訴組合と被控訴会社との間にその補償金額およびその支払方法等について数回折衝が行なわれたが、同年一一月ごろ訴外弓山芳弘らに対する食品衛生法違反被告事件について無罪の判決が言い渡されるや、被控訴会社は、従前の態度を豹変して補償金支払いの約束を破棄したものである。かような次第であるから、控訴組合が、本件売買契約の目的物件たる本件粉乳に重大な瑕疵が存することを知つてから一年以内である昭和三八年五月二四日に提起した本件訴訟について、除斥期間徒過の非難をうける理由はない。

五(一)  ところで控訴組合は、さきに被控訴会社から購入した本件粉乳(第一回売買契約による購入分二万ポンドおよび第二回売買契約による購入分一万四、六〇〇ポンド計三万四、六〇〇ポンド)が、昭和三七年六月二日食用不適格品と判明したため、これをアイスクリームやヨーグルトなどの原料として使用することを直ちに停止したが、同日現在における右粉乳の残品数量は、第一回購入粉乳については一万二、九九〇ポンド、第二回購入粉乳については一万四、六〇〇ポンド(購入量全部)、計二万七、五九〇ポンドであつた。

(二)  そして、控訴組合は、前記の如く、同月八日以降右粉乳売買契約の目的物に隠れた瑕疵があることを理由として右契約を解除し、その残品の引取りと売買代金の返還を請求して来たが、被控訴会社においてはこれに応じなかつたため、控訴組合としては、右残品を長期間放置すれば、変質して肥料にする以外その使途がなくなるので、やむなく、昭和三八年八月七日から昭和三九年三月一二日までの間に家畜飼料として一ポンド当り五一円一八銭の割合(福岡県購買販売農業協同組合連合会における当時の飼料販売価格)で売却処分したところ、その売得金は合計一四一万二、二〇〇円であつた。

(三)  したがつて、控訴組合としては、第一回購入粉乳の残品については一ポンド当り八〇円八二銭計一〇四万九、七八六円、第二回購入粉乳の残品については一ポンド当り九二円一七銭計一三四万五、六九四円、以上総合計二三九万五、四八〇円の損害を蒙つたことになる。

(四)  この損害はひつきよう被控訴会社が本件売買契約の目的物として給付した本件粉乳に隠れた瑕疵があつたことに基因するものであるから、控訴人は被控訴人に対し、前記損害金二三九万五、四八〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和三八年六月九日からその支払いずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損金の支払いを予備的に請求する。

第二被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一  控訴人主張の前記第一、四の事実はすべて否認する。昭和三七年一一月ごろ訴外弓山芳弘らに対する食品衛生法違反被告事件について無罪の判決が言い渡されるや被控訴会社は従前の態度を豹変した旨控訴人は主張するが、右訴外人らに対する無罪判決が言い渡されたのは昭和三九年一一月二四日であつて、当時すでに控訴人は本訴を提起していたものであるから、右主張は明らかに事実に反する。

二  本件粉乳の二回にわたる取引は、当時脱脂粉乳の品不足の折柄、控訴組合の執拗な要求にもとづいてなされたもので、控訴組合は、目的物件が瀬戸内海で坐礁した「日啓丸」に船積みされていた脱脂粉乳であることを熟知し、かつ食用に供しうる品であることを確認したうえ、右取引をなしたものである。当時北九州、中国一円の西日本乳業界において、「日啓丸」船積みの脱脂粉乳が、海難品として大量に陸上げされ取引きされたことは、業界公知の事実であり、控訴組合の当時の矢野組合長および末次技師が現品確認のため門司区葛葉の三菱倉庫に赴き、品質検査をした事実も明らかである。以上の如く控訴組合においては、本件粉乳の品質およびその入手経路を知つている以上、買主たる同組合の信頼は裏切られたことにならず、かつ厚生省係官の前記通達があつたことも控訴組合は知つていたものであり、仮りに控訴組合が本件粉乳の品質およびその入手経路等を知らなかつたとすれば、その知らなかつたことに過失があつたというべきであるから、本件粉乳に隠れた瑕疵があつたということはできない。

三  農業協同組合といえども、いわゆる「商人性」を帯有するものであり、その経営の態様の類似性および現在の農業協同組合の実体ならびに商法第五二六条の立法趣旨にてらせば、本件取引は実質的には商人間の売買というべきであるから、本件取引については同条の適用ないし準用を認めるべきである。

四  仮りに以上の主張が容れられないとしても、控訴組合と被控訴会社間の本件取引については、昭和三五年一一月二八日第一回の売買契約がなされた際、本件粉乳の品質検査は控訴組合が責任をもつて行ない、万一不適格品があるときは、その返還期限は納品受領後三〇日以内とし、それ以後は買主の責任とする旨の特約がなされ、第二回目の売買契約も同様の特約がなされた。したがつて、控訴人の本訴請求は右特約に反するものである。

五  控訴人の予備的請求の請求原因事実(前記第一、五の事実)(一)の事実中、第二回売買契約による購入数量が一万四、六〇〇ポンドであるとの点は否認、その余の事実は認める、右第二回売買契約による購入数量は一万四、三二九ポンドであつたから、本件粉乳の取引総量は合計三万四、三二九ポンドであつた(従来、右第二回分取引数量を一万四、六〇〇ポンドと主張していたのは、取引数量のキロ計算をポンドに換算する際の計算違いであつた。)、同(二)の事実中、控訴組合が昭和三七年六月八日本件粉乳売買契約の目的物に隠れた瑕疵があり、これを理由として被控訴会社に対し、右売買契約を解除し、その残品の引取りと売買代金の返還を請求したとの事実は否認、その余の事実は不知、同(三)および(四)の各事実はすべて否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  控訴組合が、乳製品の製造販売を業とする協同組合であり、被控訴会社からアイスクリーム、ヨーグルトなどの原料として、昭和三五年一一月二八日本件粉乳二万ポンドをポンド当り一三二円合計二六四万円にて買いうけ、同日右代金全額を被控訴会社に支払い、昭和三六年二月八日被控訴会社からその引渡しをうけ、更に、同年二月一九日右同様の目的で、代金二〇九万三、〇〇〇円に相当する本件粉乳をポンド当り一四三円三五銭の約旨で買いうけ、同日右代金全額を支払つてその引渡しをうけ、爾後同年九月ごろまで右粉乳を使用してアイスクリーム、ヨーグルトなどの乳製品を製造した事実は当事者間に争いがなく、原審証人川道富士雄の証言(第一回)によりその成立を認めうる乙第五、第六号証および弁論の全趣旨によれば、右第二回目(昭和三六年二月一九日)取引にかかる数量は六、五〇〇キログラム(二〇キログラム入り袋三二五袋)であり、袋当り六、四四〇円の単価であつたが、右売買当事者間においてこれをポンドに換算する際に計算違いがあつたことが認められる。ちなみに右認定の第二回目の取引数量を基礎にこれをポンドに換算すれば、右取引実量は一万四、四四四ポンドであり、したがつてそのポンド当りの事実上の価格は一四四円九〇銭であつたことは計算上明らかである。

二  次に、控訴組合設立の根拠法令、その営む事業目的および内容、控訴組合と被控訴会社間における従来の取引の経過、控訴組合が被控訴会社から買いうけた本件粉乳を使用してヨーグルトなどの乳製品として市販したが全然事故がなかつた顛末、本件粉乳が海難品として臨時に輸入陸上げされ訴外甘粕損害貨物株式会社、同久野食糧、同森光商店などを経て被控訴会社に売り渡され、更に被控訴会社はこれを控訴組合に転売し、冒頭記載のとおり昭和三六年二月八日および同月一九日の二回にわたりその取引を完了するまでの経緯、本件粉乳の国内販売に関する関係行政機関の取扱業者に対する行政上の各措置の経過およびその内容、本件粉乳に対する福岡県衛生研究所長および八幡乳業株式会社製造部技師杉平邦雄の各検査の経過およびその結果などに関する当裁判所の事実認定は、次に付加、訂正および削除するほか、この点に関する原判決理由中の説示と同一であるから、その記載(原判決八枚目表一三行目から同一五枚目表一行目まで)をここに引用する。

(一)  原判決八枚目表末行目「同川道富士雄」の次に「(第一、二回)」を加え、同九枚目表六行目「若山宇佐夫」の次に「、川道富士雄」を加え、同七行目「の各証言」の次に「ならびに当審における証人末次忠吾、同高橋喜郎、同板井寛、同川道富士雄の各証言および控訴組合代表者西野高信本人尋問の結果(但し、右末次忠吾、川道富士雄、西野高信の各供述中いずれも後記措信しない部分を除く。)」を加え、同一二枚目表一二行目「られ」を削除する。

(二)  原判決一四枚目裏四行目「その価格」以下同一一行目「を現金で支払つた。」までを、「第一回目よりポンド当りでは一一円三五銭高値の一四三円三五銭をもつて一応の単価とし結局右四軒に売渡しを予約していた分合計六、五〇〇キログラム(二〇キログラム入り袋三二五袋)を代金二〇九万三、〇〇〇円(袋当り単価六、四四〇円)で原告に売渡す旨の下話を取り決め、翌二月一九日被告会社の右川道らが原告組合工場に赴いて、前記西野参事らとの間で口頭で右取り決めどおりの商談をとりまとめたうえ、同日原告は被告に対し右代金全額を支払い、被告より右数量の本件粉乳の引渡しをうけた。」と改める。

(三)  原判決一四枚目裏一一行の次に、行をかえて、次の一項を加える。

「(15)原告と被告との間において、本件粉乳に関する第一回目の取引が行なわれた昭和三五年一一月当時、原・被告を含む西日本の乳製品業界においては、脱脂粉乳が払底して現物がかなり不足し、その入手が困難な実情にあり、ポンド当り一五〇円位で取引きされていた折柄、前記日啓丸が瀬戸内海で坐礁し、その積荷である大量の米国製脱脂粉乳が海難事故品として北九州市門司港に陸上げされて競売に付された事実は右業界ではかなりの反響をよび、当時右業界では右事実を知らない者は殆んどないくらいに知れ渡つていたことそして当時の原告組合長矢野久吉も右海難事故品競売の下見に赴いてその検分をしていたこと。」

(四)  原判決一四枚目裏一二行目「若山宇佐夫」の次に「、同川道富士雄(第一、二回)」を加え、同行目「の証言」の次に「ならびに当審における証人末次忠吾、同川道富士雄の各証言および控訴組合代表者西野高信本人尋問の結果」を加える。

三  そこでまず、本位的請求について判断する。被控訴人は、本件粉乳は商人である控訴組合と被控訴会社間において売買されたものであるから、民法第五七〇条に優先して商法第五二六条が適用されるべきである旨主張するが、控訴組合が農業協同組合法にもとづいて設立された協同組合であることは前認定のとおりであるところ、これら協同組合は、構成員の相互扶助ないし共通の利益の増進を図ることを特にその事業目的として設立される非営利法人であることは、農業協同組合法の各規定にてらし明白であるから、同法にもとづいて設立された控訴組合にはその性質上商人性を認めるに由なく、したがつて、本件当事者間の売買は商人間の売買とはいえないからこれに商法第五二六条を適用すべき余地はないものというべきである。

四  よつて、本件当事者間の売買において、その目的物に民法五七〇条にいわゆる隠れた瑕疵があつたか否かについて検討する。

まず、その目的物である本件粉乳に物質上の瑕疵があつたか否かについてみるに、前認定の事実によれば、前記後藤技官の判定は、精密な化学的分析検査によるものではなく、ただ外見上のいわゆる感応検査によるものであつたことが明らかであるから、右技官の判定から直ちに本件粉乳が腐敗変質しあるいは乳製品としての規格酸度を超過する不良品であつたと断ずることはできず(したがつて、右判定を前提にした前記行政上の措置もその根拠に乏しかつたものというべきである。)、却つて控訴組合担当技師末次忠吾も本件取引前本件粉乳が食品に適することを判定し、特に本件粉乳が海難事故品であるため被控訴会社においてはその販売に慎重を期し、その科学的資料を徴するため検査を依頼した福岡県衛生研究所長および前記八幡乳業株式会社製造部技師杉平邦雄(なお原審証人川道富士雄の証言(第一回)によれば、同技師は北九州市方面では有数の技師であつたことも認められる。)からも、本件粉乳は食品として使用可能である旨の各検査結果が出されていること、控訴組合は昭和三六年四月ごろから同年九月ごろまでの夏季の間本件粉乳を原料としてヨーグルトなどの乳製品を製造して市販したが、右市販乳製品には全く事故がなかつたこと、本件粉乳は陸上げ保管されていた海難品のうちから包装が破損したり潮濡れしていた不良品を除いた残りの品物であつたことは前認定のとおりである。そして、更に前認定の如き、当時海難品である米国製脱脂粉乳が大量に北九州市門司港に陸上げされ競売に付されたことは現品の払底のためその入手に腐心していた西日本地区の乳製品の業界では殆んど公知の事実となつており、控訴組合の矢野組合長も自らその検分に赴いている事実および本件粉乳は当時現品不足の折にもかかわらず、本件当事者間においては市価より安く且つ大量に取引されている事実に原審(第二回)および当審における証人川道富士雄の証言を総合すれば、控訴組合においても、本件取引に際しては、最初からそれが北九州市門司港に陸上げされた海難品であることは了知していたものと認められ、したがつてその買受にあたつては入念慎重であつたであろうこともこれを推認するに難くないところである。以上のような本件に顕われた各事実を総合すれば、控訴組合が買いうけた本件粉乳に関するかぎり、その物質的性質上控訴人主張のような瑕疵が存在したものと認めるのはいささか困難であり、本件全立証によつても右瑕疵の存在を認めるべき証拠はない。

五  次に、前認定の厚生省公衆衛生局環境衛生部食品衛生課長の指示およびこれにもとづく後藤技官の被控訴会社に対する示達の内容にてらせば、右後藤技官の示達は、行政機関の規制的行政指導であつて、それ自体法的強制力をもたず、またなんらの法的効果をも伴わない事実的処分であることがうかがわれる。したがつて、右後藤技官の示達自体本件売買に対し直接法律的効果を及ぼすものではないが、右示達の内容にてらせば、これに違反して本件粉乳を食用に使用した場合、食品衛生法第二二条により営業の全部もしくは一部の禁止または停止という行政上の不利益処分を課せられる危険性があることは全く否定できないところであり、かつ権限ある行政機関が明らかに指示したところに従つて行動する者の信頼利益はこれを保護すべき必要があり、あわせて買主の正当な期待を保護するために瑕疵担保責任における瑕疵の範囲はできるだけ広く解すべきであるとの立場に立つて考察すれば、右示達をもつて法律上の瑕疵と認めるのが相当である。

六  以上によれば、本件当事者間で行なわれた売買の目的物たる本件粉乳には物質的性質においては瑕疵はなかつたが、法律上の瑕疵があつたものというべきであり、前認定の事実にてらせば右瑕疵は第一回目の売買当時より潜在的に存在し、第二回目の売買の際には顕現化していたものというべきである。

七  そこで右法律上の瑕疵がいわゆる隠れた瑕疵にあたるか否かについて検討するに、第二回目の取引が行なわれた昭和三六年二月一八日当時、控訴組合は右示達の内容を被控訴会社から説明をうけたのに拘らず、敢えて本件粉乳を買いうけたことは前認定のとおりであるから、少なくとも右第二回目の売買についてはいわゆる隠れた瑕疵が存在していたものということはできないというべきである。

八  しかのみならず、売主の瑕疵担保責任にもとづく買主の契約解除又は損害賠償の請求は、買主が瑕疵の存在を知つた時から一年内になすことを要し、右権利の行使期間は除斥期間であると解するのが相当であるから、控訴組合はおそくとも右瑕疵の存在を知つた昭和三六年二月一八日から向う一年内に右権利を行使すべきものであつたというべきところ、売主である被控訴会社の瑕疵担保責任を追及する本訴が提起されたのは右一年内を経過した昭和三八年六月二四日であることは記録上明白であるのみならず、その他右除斥期間内に裁判上たると裁判外とを問わず、控訴組合が被控訴会社に対し、その瑕疵担保責任を追及する請求をしたことについては、控訴人においてなんら主張立証しないところである。

九  以上によれば、控訴人の民法第五七〇条にもとづく本訴主位的請求は、爾余の点について判断するまでもなくいずれにしても理由がないから、棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であるから、右主位的請求に関する本件控訴はその理由がなく棄却を免れない。

十  よつて進んで、控訴人が当審でなした予備的請求について判断する。右請求の請求原因として控訴人が主張するところは必ずしも明確ではないが、その主張するところは、要するに、控訴組合は、本件粉乳に隠れた瑕疵があることを理由に被控訴会社に対し売買契約の解除をし、損害賠償と残品の引取方を請求したが、被控訴会社がこれに応ぜず、右残品を長期間放置すれば変質して肥料にする以外に使途がなくなるので、やむなくこれを家畜飼料として売却処分し一四一万二、二〇〇円の売得金を得たので、控訴組合が購入した本件粉乳中既に使用済みの分を控除した残品の購入価格から右売得金を差し引いた残額について損害賠償を請求するというのである。したがつて、控訴人が本訴において主張する被控訴会社の損害賠償責任は、さきに主位的請求において控訴人が主張した瑕疵担保責任追及のための契約解除を前提とするものであり、若しそうだとすれば、右契約解除の有効性についてはこれを認めるに由ないことすでに前記主位的請求に対する判断において説示したとおりであるから、これにもとづく損害賠償請求権もまた発生するに由ないものというべきである。あるいは、右予備的請求の前提をなす契約解除が、右瑕疵担保責任追及のための契約解除とは別個のものであるとするのであれば、その具体的解除要件と若しそれが追完を許す不完全履行を解除原因とする場合であれば、完全履行を催告した点をあわせて、主張立証すべきであるのに、控訴人はその主張立証をしないから、この点においても右予備的請求は失当たるを免れない。のみならず、控訴人が本訴において契約解除にもとづく損害として主張するところは、すでに契約を解除し、その原状回復として遡つて所有権を喪失し、これを相手方に返還すべき本件粉乳の残品を他に売却処分し、これにより得た売得金額と右残品の買入価額との差額をもつてその損害と主張するものであることが明らかであるから、右損害の主張自体も失当たるを免れないところである。そうであるとすれば、爾余の点について判断するまでもなく、控訴人の予備的請求は理由がないから、これを棄却すべきものである。

以上のとおりであるから、本訴本位的請求に関する本件控訴および当審における控訴人の予備的請求はいずれもこれを棄却することとし、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 江崎弥 松村利智 白川芳澄)

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